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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)24号 判決

原告 東洋鉄製造株式会社

右代表者代表取締役 高井義次

右訴訟代理人弁護士 渡辺昭

被告 品川税務署長 加藤太刀男

右指定代理人検事 岸野祥一

〈ほか三名〉

主文

被告が原告に対し昭和四一年六月二九日付でなした、原告の昭和三九年四月一日から同四〇年三月三一日までの事業年度分法人税についての更正決定処分および源泉徴収所得税の納税告知処分ならびに不納付加算税の賦課決定処分は、訴外東京国税局長が昭和四一年一二月六日付裁決により取り消した部分を除き、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

主文と同旨の判決を求める(なお、訴状の記載によれば、原告は、訴外東京国税局長の裁決により取り消された部分の取消しをも訴求するかのごとくであるが、同部分は、右裁決によって取り消され、すでに存在しないものであるというべきであるから、原告がさらに本訴においてその取消しを求めているものとは解されず、したがって、主文と同旨の判決を求めているものと解するのが相当である。)。

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求める。

第二原告の主張

(請求の原因)

一、被告は原告に対し、昭和四一年六月二九日付で、原告の昭和三九年四月一日から翌四〇年三月三一日までの間の事業年度分の法人税につき、原告のなした申告には借地権低廉譲渡による譲渡益二七一万七、〇〇〇円の計上もれがあるとして、これを同事業年度の所得に認定加算する旨の更正決定をなし、さらに右譲渡益相当額二七一万七、〇〇〇円はその譲受人であるとされた訴外笠原利章に対する原告の賞与と認定し、同日原告において右賞与に対し源泉徴収をなすべき九七万三、八六〇円および不納付加算税九万七、三〇〇円の合計一〇七万一、一六〇円につき納付義務あるものとして、これらの納税告知処分および不納付加算税の賦課決定処分をなした。

なお、その後東京国税局長は、認定譲渡益を二六五万二、〇〇〇円、源泉徴収所得税九四万七、八六〇円、不納付加算税九万四、七〇〇円とする旨の裁決をなした。

二、しかしながら、被告の前記処分にはつぎのごとき瑕疵があるので、違法として取り消さるべきである。

1 被告が前記処分をなしたのは、原告が昭和三九年七月一日原告の資産勘定に記帳されていた別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を原告の資産勘定から落し、訴外笠原利章から金二二万一、八一九円を受領していることは、原告はその所有の右建物を右訴外人に対し金二二万一、八一九円で売り渡したものであり、建物の売買は同時にその敷地の借地権を譲渡又は設定したものとみなされ、原告は本件建物の敷地である別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の借地権(以下「本件借地権」という。)の譲渡又は設定につき通常収受すべき相当額の権利金等の対価を収受していないので、税法上のいわゆる低廉譲渡に該当し、したがって、原告には本件借地権の時価相当額の所得があったものであり、その時価相当額は金二七一万七、〇〇〇円であるから、原告は右譲渡益二七一万七、〇〇〇円を得たものであり、本件借地権の譲受人である訴外笠原利章は原告の取締役であるから、右同額の賞与の支給があったものである、というにある(なお、右本件借地権の時価相当額は前記裁決により金二六五万二、〇〇〇円と修正され、したがって、譲渡益および賞与の額も右に従って修正された。)。

2 しかしながら、原告は訴外笠原利章に対し、本件建物および本件借地権を譲渡していない。すなわち、

本件土地は原告の所有であるが、原告は同訴外人に対し、昭和二五年一一月一日、建物所有の目的でこれを賃貸した。同訴外人は、同年同月訴外住宅金融公庫から金二九万円を借り受け、これに自己資金をあわせた金五〇万円の建築資金で本件建物を建築し、昭和二六年三月一三日、その所有権保存登記がなされた。さらに、訴外笠原利章は、昭和三二年八月にいたり、原告所有の東京都品川区西品川二丁目九四七番地の二宅地二〇七・四一坪(六八五・六五平方メートル)のうち、本件土地に接する部分約一六坪(約五二・八九平方メートル)を賃借し、これと本件土地上にまたがって木造モルタル塗二階建居宅一棟総面積一〇坪(三三・〇五平方メートル)の建物を建築し、同年一二月一三日、その所有権保存登記がなされた(右建物の家屋番号九四七番の四。)。そのほか、本件土地上には同訴外人所有の物置その他の構築物が存在する。

ところで、原告は、昭和三四年四月、本社工場における金網熔接機の設備投資を計画し、その資金五二〇万円のうち金五〇〇万円の融資方を訴外中小企業金融公庫に対し申し込んだ。原告は、右申込みを拒絶されることをおそれ、提供しうる担保として本社工場のほか本件土地および本件建物を原告の社宅と表示して右申込みをなした。訴外中小企業金融公庫から融資を受けるにあたっては、原告の帳簿等の調査を受けることが予定されていたので、原告は右申込書記載のところと帳簿等の記載を一致させる必要に迫られ、訴外笠原利章に依頼して、本件建物の名義を原告に移転し、これを担保に提供することの承諾を得、同訴外人から右に必要な書類を受け取り、同年一〇月一日本件建物につき同訴外人から原告への所有権移転登記を経由した。右の所有名義変更当時、同訴外人は訴外住宅金融公庫に対し、借受金二九万円のうち金一四万二、〇〇〇円の残債務を負担しており、これを完済しない限り本件建物の所有名義を原告に移転し得なかったところから、原告は訴外笠原利章に対し、昭和三四年五月七日、同訴外人が弁済すべき金一四万二、〇〇〇円を貸し渡し、同訴外人はこれを弁済して本件建物につき設定してあった抵当権を消滅せしめたうえ、右の名義変更をなしたものである。そのほか、原告は訴外笠原利章に対し、同訴外人が右のようにその所有する本件建物の名義を原告に変更したうえ、これを担保に供することを承諾したことに対する危険を保証する趣旨で、右貸金のほか金二〇万八、〇〇〇円の保証金を預託した。そうであるから、訴外笠原利章は右の所有名義変更後も原告に対し、従前どおり本件土地の賃料を一か月金八五〇円の割合で支払っており、本件建物も同様に使用し、その修繕もしているのである。

ところが、訴外中小企業金融公庫の調査の結果、担保としては原告の本社工場のみで十分であるとされたため、結局本件建物は担保に供されることなく、その所有名義も原告のままとなっていたところ、昭和三九年にいたり、訴外笠原利章から増築申請手続をなすに必要であるとして本件建物の所有名義を同訴外人に戻してほしいとの申込みを受けた。そこで、原告としては直ちに申込みに応ずることとし、経理処理上、本件建物が原告の資産勘定に計上され、その当時の帳簿価格が二二万一、八一九円と記帳されていたので、前記同訴外人に預託した保証金中、とりあえず二二万一、八一九円を同年七月一日に返還を受け、本件建物を原告の資産勘定から落し、右保証金の残額一二万八、一八一円は本件建物の所有名義を同訴外人に変更する際に返還を受けることとした。なお、昭和三九年七月一日当時、原告は本件土地建物を担保にして、訴外株式会社平和相互銀行から金六〇〇万円の融資を受けていたため、これを弁済して後本件建物の所有名義を訴外笠原利章に戻すとの約定であった。

以上のように、原告は本件建物および本件借地権を訴外笠原利章に譲渡あるいは設定したものではなく、単に借り受けていた本件建物の所有名義を戻したにすぎないところ、原告の誤った経理上の処理を根拠としてなした被告の前記各処分は実質課税の原則に反し、違法であるから取り消さるべきである。

(被告の主張に対する反論)

一、被告の主張第一項1、2の事実は否認する。昭和三四年当時本件建物は本件借地権とあわせると金二〇〇万円を下らない価格であったのであるから、これをわずか金三五万円で売り渡すことなどあり得ない。

同項3、4の事実中、原告の経理上の処理が被告主張のとおりになされたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告がかかる経理処理をなしたのは訴外中小企業金融公庫に対する説明のためにはやむを得なかったところであるが、本件建物につき減価償却を行ない、減価償却費を損金として処理したことは誤りである。かかる経理処理の誤りをとらえてその実質をみないで課税することは許されない。また、本件建物の固定資産税を原告において負担したのは、同税が名義人に対して課されるものであり、その額もわずかであり、しかも本件建物の所有名義を原告としたのが前記のように原告の一方的都合によるものであったところからである。

本件土地上には本件建物のほか訴外笠原利章所有の他の建物が存在していたことは前記のとおりである。被告主張のように本件借地権が昭和三四年九月二九日に消滅したものとすれば、同訴外人はいかなる権原に基づいて右建物の敷地を使用していたものであるかを説明することはできず、仮に本件建物の敷地部分のみの借地権が消滅したとするについてもその範囲は特定されておらず、さらに同訴外人は従前同様本件建物等に居住を続けていたものである。かかる点からすれば、被告の本件処分はことの実質を誤認し、単に原告の経理上の処理の誤りをとらえて課税したものであることが明らかである。

二、同第二項の主張は争う。

三、被告は、本件土地上に本件建物のほかに他の建物があるならば、それを本件処分、それに対する不服申立ての段階において申し出るべきである、と主張するが、原告としては本件建物の所有名義の変更の事情だけを説明すれば足りると考えていたので、そのほかの点には触れなかったものであり、それがないことを理由として本件土地上に本件建物のほかに他の建物が存在しないものとすることはできない。

第三被告の主張

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因第一項の事実は認める。

二、同第二項冒頭の主張は争う。

同項1の事実は認める。

同項2の事実中、訴外笠原利章が昭和二五年末ころ、原告からその所有する本件土地を建物所有の目的で賃借し、その地上に本件建物を建築したこと、本件建物および家屋番号同町九四七番の四の建物につき、原告主張のように同訴外人の所有権保存登記がなされていること、本件建物につき、昭和三四年九月二九日売買を原因として、同年一〇月一日、同訴外人から原告に対する所有権移転登記がなされていること、右につき、原告から同訴外人に対し金三五万円が支払われていること、本件建物が訴外中小企業金融公庫に対する担保に供されなかったこと、本件建物が当時の原告の帳簿に原告の資産として金二二万一、八一九円と計上されていたこと、原告が昭和三九年七月一日訴外笠原利章から帳簿価額相当額を受領し、本件建物を資産勘定から落したことは認めるが、同訴外人が原告主張のようにして本件建物を建築し、これに居住していること、原告が訴外中小企業金融公庫から融資を受ける必要があり、そのために本件土地と建物とを担保に供することとして、訴外笠原利章の承諾を得て本件建物を社宅と表示して右融資の申込みをなしたこと、同訴外人が訴外住宅金融公庫に対し金一四万二、〇〇〇円の借入金残債務を負担しており、これを完済しないと本件建物の所有名義を変更し得なかったこと、訴外笠原利章が原告に対し、本件建物の名義変更後も本件土地の賃料として毎月金八五〇円を支払っていたこと、本件建物が訴外住宅金融公庫に対する担保に供されなかったのは、原告の本社工場のみで担保価値が十分であったからであること、昭和三九年訴外笠原利章から原告に対し、増築申請手続に必要なため本件建物の所有名義の返還を求めたこと、原告主張の保証金残額金一二万八、一八一円は、本件建物の所有名義を同訴外人に変更する際に同訴外人から原告に支払われるとの約定があったこと、昭和三九年七月一日当時、原告が本件土地、建物を担保に訴外株式会社平和相互銀行から金六〇〇万円の融資を受けていたので、右債務弁済後本件建物の所有名義を訴外笠原利章に変更するとの約定であったことはいずれも不知、その余の事実は否認し、主張は争う。

(主張)

一、1 原告の専務取締役訴外笠原利章は、原告から昭和二五年末ころ本件土地を建物所有の目的で賃借し、その地上に本件建物を建築したものであるが、右賃貸借に際しては権利金等の対価に相当する金銭の授受は行なわれなかった。それは、同訴外人が原告の役員という特殊な立場にいたからであって、第三者に対するようにことさら権利金等を授受するまでの必要がなかったものである。そして、同訴外人は原告に対し、昭和三四年九月二九日本件建物を代金三五万円で売り渡し、同年一〇月一日その旨の所有権移転登記が経由された。このように、本件建物は単に名義だけを変更したものではなく、法律的にも経済的にも譲渡の要件を充足し、その所有権は完全に同訴外人から原告に移転したものである。

2 ところで、同訴外人が原告から借り受けていた本件土地は、同地上の本件建物が原告に譲渡されたことにともないその所有者である原告に返還されたとみるべきであるが、当初の借地権設定に際し特に権利金等の授受がなされていなかったので、後にこれを返還するに際しても借地権返還に相当する対価を支払う必要も理由もなかったのである。したがって、その際借地権相当の対価が支払われないまま本件土地が原告に返還されたことはなんらあやしむに足りない。

3 以上のことはつぎの点から十分に認めうるところである。すなわち、

(一) 昭和三四年九月二九日の原告の振替伝票によれば、借方科目建物三五万円、貸方科目第一銀行二〇万八、〇〇〇円、同仮払金一四万二、〇〇〇円と記載され、摘要欄に西品川社宅購入笠原等とあり、かつ当事者の訴外笠原利章、原告代表取締役高井義次の印が押捺されている。

(二) 原告は、昭和三四年四月一日から同三五年三月三一日までの事業年度から本件建物を自己の資産として財務諸表に計上し、その後減価償却をしており、本件係争事業年度において帳簿価額が二二万一、八一九円と記載されている。

(三) 昭和三四年第二期分以降の本件建物に対する固定資産税は原告が納付したうえ、損金処理している。

(四) 訴外中小企業金融公庫からの五〇〇万円の借入れは昭和三四年六月六日に行なわれているが、当該借入金の担保としては、同月一〇日付で原告の本社事務所、工場等に抵当権が設定されているだけで、本件建物が担保として提供された事実は全く認められない。

(五) 原告は、その確定申告書を提出するにあたり、その勘定科目の明細のうち、不動産の内訳書に社宅である本件建物を訴外笠原利章に昭和三九年七月代金二二万一、八一九円で売り渡した旨記載し、原告代表取締役が自署捺印している。

以上の諸点からみて、原告は本件建物を原告の資産として所有していたことは明らかである。

なお、原告が本件建物を訴外笠原利章から売買により取得した目的については明らかでないが、考えうることは税務対策上の配慮という点である。一般的に役員又は従業員の建物を金融目的等のため一定期間会社の資産に計上して減価償却を行ない、後日残存価額に近い価額で役員らに返戻する会計処理が容認されるとすれば、会社の損金支出によって役員らが個人資産を取得する結果となり、双方にとって極めて好都合な会計処理となる。したがって、本件が右のような配慮から計画されたものであるとすれば、課税上著しく弊害をともない許されないものである。

4 ところで、原告は、訴外笠原利章に対し、昭和三九年七月一日、本件建物をその相当価格である代金二二万一、八一九円で譲渡し、原告の元帳から除却して売却の処理を行なっている。右売買代金は同訴外人から原告に支払われ、同日原告の訴外株式会社三菱銀行五反田支店の当座預金口座に預入れされ、代金の完済とともに本件建物の所有権は原告から同訴外人に移転した。

したがって、本件建物の所有権移転にともなってこれと不可分の関係にある敷地の本件土地につき、建物所有を目的とする借地権があらたに設定されたものと認めるのが相当であり、現に訴外笠原利章は、その後賃料を支払っている。右の借地権設定に際し権利金等の授受がなされなかったのは、当初設定されたときと同様同訴外人の原告会社における特殊な地位によるものであって、本件借地権が同訴外人のため無償で設定されたものと認めて課税したのは正当である。

二、前記のとおり、本件借地権が訴外笠原利章のために無償であらたに設定されたものである以上、その相当額である二六五万二、〇〇〇円は、原告から同訴外人に賞与として支給されたものと認定するのが相当である。

三、原告は、昭和三四年九月二九日本件建物の所有名義を訴外笠原利章から原告に変更したのは、訴外中小企業金融公庫から金五〇〇万円の借入れをするにあたり、その担保として本件土地を含む東京都品川区西品川二丁目九四七番地の二の土地の価値を増加するために便宜的になされたものであり、また訴外笠原利章に支払った金三五万円は保証金あるいは担保提供料又は名義貸料であるとの趣旨の主張をなすが、右主張はつぎに述べるように失当である。すなわち、

1 原告の訴外中小企業金融公庫からの借入れは、その間の昭和三四年六月六日付金銭消費貸借による抵当権設定契約を原因とする東京法務局品川出張所同年同月一〇日受付第一一三七八号をもって、原告の本店所在地である東京都品川区大崎三丁目二九四番地所在の家屋番号同所二二番の二、同二二番および同二三番の建物につき抵当権設定登記がなされ、同日貸借がなされている。

したがって、原告が訴外笠原利章から本件建物を売買により取得した昭和三四年九月二九日以前にすでに右の貸借および抵当権設定登記等はすべて完結しており、右貸借に際し本件建物および本件土地を含む前記土地は担保に供された事実が全くないのである。

2 昭和三四年当時本件土地を含む東京都品川区西品川二丁目九四七番地の二の土地上には、本件建物のほか原告の従業員訴外中村重男所有の建物(家屋番号九四七番の三)および訴外笠原利章所有の他の建物(家屋番号九四七番の四)が存在していたが、これらが原告名義に変更された事実は認められず、仮に原告主張のようにこれらの建物の敷地である前記土地の担保価値を増加するためであるならば、本件建物のみを原告名義に変更してもその目的を達し得ないものである。

3 原告が訴外笠原利章に支払った金三五万円が原告主張のような性格のものであるならば、それに応じた会計処理がなされるべきであるにかかわらず、原告はこれを建物勘定に計上して減価償却を行ない、原告において本件建物の固定資産税を損金支出している等の事実からみても原告の主張は失当である。

また、保証金、担保提供料あるいは名義貸料について考えられることは、危険負担をともなうことであるが、本件建物については担保等に供される具体的な話やとりきめもなく、またそれに供された事実もないのであるから、これにともなう危険は全く存在しなかったものである。

さらに、本件建物を単に名義貸ししたにすぎないものとすれば、名義貸しをした者は名義貸料を受領すれば足り、それ以上に名義の返還を受けるに際し金員の授受をともなういわれがないはずであるが、訴外笠原利章が原告に対し、その返還を受けるに際し、本件建物の売買価格相当額を支払っているのである。この点からみても原告の主張は失当である。

四、原告は、本件建物の所有権が訴外笠原利章から原告に移転したとしても、本件土地とその隣接地にまたがって本件建物のほか同訴外人名義の他の建物があったので、本件借地権は依然同訴外人が有していたものであるとの趣旨の主張をするが、右主張はつぎのとおり失当である。すなわち、

1 原告は、本件土地の隣接地である東京都品川区西品川二丁目九四七番地の六(旧表示同都同区西品川四丁目九四七番地の六以下(イ)の土地という。)および同所九四七番地の七(以下(ロ)の土地という。)の宅地を、昭和三八年五月一七日訴外平井実に代金五二三万八、五〇〇円で売り渡したが、右代金の内訳をみると、(イ)の土地は三・三〇平方メートル(一坪)あたり金七万円であるのに比し、(ロ)の土地は三・三〇平方メートル(一坪)あたり金二万円である。このように(イ)の土地の代金に比して(ロ)の土地のそれが著しく低廉であるのは、(ロ)の土地上に訴外笠原利章名義の他の建物が存在していたからである。

また、原告は、本件処分および審査請求に対する協議官の審理を通じ、一度も本件土地上に訴外笠原利章名義の他の建物が存在していることを申し立てたこともなく、原告から提示された図面にもそのような記載はない。

以上の点からみると、本件土地上に訴外笠原利章名義の他の建物が存在していたという原告の主張は失当である。

2 仮に訴外笠原利章名義の他の建物の一部が本件土地上にあったとしても、昭和三四年本件建物の所有権が同訴外人から原告に移転したときに、その敷地の借地権は消滅し、あらためて昭和三九年七月一日に原告から同訴外人に本件建物の所有権が移転したことにともなって、同訴外人のために借地権が設定されたものである。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一、請求の原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二、本件処分の違法性の有無

1  本件処分の理由とするところが、原告が昭和三九年七月一日原告の資産勘定に記帳されていた本件建物を原告の資産勘定から落し、訴外笠原利章から金二二万一、八一九円を受領していることは、原告はその所有の建物を右訴外人に対し金二二万一、八一九円で売り渡したものであり、建物の売買は同時にその敷地の借地権を譲渡又は設定したものとみなされ、原告は本件建物の敷地である本件土地の借地権の譲渡又は設定につき通常収受すべき相当額の権利金等の対価を収受していないので、税法上のいわゆる低廉譲渡に該当し、したがって、原告には本件借地権の時価相当額の所得があったものであり、その時価相当額は金二七一万七、〇〇〇円であるから、原告は右譲渡益二七一万七、〇〇〇円を得たものであり、本件借地権の譲受人である右訴外人は原告の取締役であるから、右同額の賞与の支給があったものである(なお、右本件借地権の時価相当額は前記裁決により金二六五万二、〇〇〇円と修正され、したがって、譲渡益および賞与の額も右に従って修正された。)、というにあることは当事者間に争いがない。

2  原告は、本件建物はもともと訴外笠原利章の所有であり、これが昭和三四年一〇月一日原告所有名義となったのは、原告が訴外中小企業金融公庫から融資を受けるためにその担保を供する必要上、右訴外人から本件建物の所有名義を借り受けたにすぎず、本件建物の実質上の所有権は所有名義のいかんにかかわらず同訴外人にあったものであって、昭和三九年七月一日その所有名義を同訴外人に変更したのは右の所有名義を返還しただけであって、所有権を移転したものではなく、したがってその敷地である本件借地権も右の本件建物の所有名義の移転にともなって移動していないものである、と主張するので、この点につき検討する。

(一)  訴外笠原利章が昭和二五年末ころ、原告からその所有する本件土地を建物所有の目的で賃借し、その地上に本件建物を建築し、これにつき昭和二六年三月一三日同訴外人の所有権保存登記がなされたこと、家屋番号同町九四七番の四の建物につき、昭和三二年一二月一三日同訴外人の所有権保存登記がなされたこと、本件建物につき、昭和三四年九月二九日売買を原因として、同年一〇月一日、同訴外人から原告に対する所有権移転登記がなされたこと、右につき、原告から同訴外人に対し金三五万円が支払われていること、本件建物が訴外中小企業金融公庫に対する担保に供されなかったこと、本件建物が本件係争年度の原告の帳簿に原告の資産として金二二万一、八一九円と計上されており、原告が昭和三九年七月一日訴外笠原利章から右帳簿価額相当額を受領し、本件建物をその資産勘定から落していること、昭和三四年九月二九日の原告の振替伝票によれば、借方科目建物三五万円、貸方科目第一銀行二〇万八、〇〇〇円、同仮払金一四万二、〇〇〇円と記載され、摘要欄に西品川社宅購入笠原等とあり、かつ当事者の右訴外人、原告代表取締役高井義次の印が押捺されていること、原告が昭和三四年四月一日から同三五年三月三一日までの事業年度から本件建物を自己の資産として財務諸表に計上し、その後減価償却をしており、本件係争事業年度における帳簿価格が前記のとおり二二万一、八一九円と記載されていたこと、昭和三四年第二期分以降の本件建物に対する固定資産税を原告が納付したうえ、損金処理をしていることは、当事者間に争いがない。

(二)  前記事実と≪証拠省略≫と弁論の全趣旨によれば、つぎのような事実を認めることができる。

訴外笠原利章が原告から昭和二五年末ころ賃借した土地は、本件土地を含む東京都品川区西品川二丁目九四七番地の二宅地二〇七・四一坪(六八五・六五平方メートル)のうち九〇坪(二九七・五二平方メートル)であり、賃料は一か月八五〇円であったこと、同訴外人は、本件建物(ただし、同訴外人が昭和三九年七月一日以後において増築したため、現況は別紙目録記載どおりではない。)を建築するにつき、訴外住宅金融公庫から金二九万円を借り受け、これと自己資金とで本件建物を建築したが、その合計額は金五〇万円に足らない程度であったこと、同訴外人は、昭和三二年にいたりさらに前記九四七番地の二の土地のうち前記賃借地に接する約一六坪(約五二・八九平方メートル)を原告から賃借し、同土地と前記賃借地にまたがって木造瓦葺二階建居宅一棟一階六坪(一九・八三平方メートル)、二階四坪(一三・二二平方メートル)の建物(家屋番号同町九四七番の四)を建築したこと、原告は、昭和三四年にいたり設備を増設するため訴外中小企業金融公庫から金五〇〇万円を借り入れることとしたが、それに必要な担保として原告の本社工場等の建物だけでは不十分なものと考え、原告所有土地の上にある本件建物を原告が訴外笠原利章から買い受けて原告所有とすることにより右土地の担保価値も増し、さらに本件建物をも担保に供することとし(もっとも、右原告所有地上には本件建物のほか前記家屋番号同町九四七番の四の建物、訴外中村重男所有の建物等が存在していたので、さほど右土地の担保価値が増すわけではなかった。)、当時原告の取締役であった同訴外人に対し、その旨伝えて本件建物を代金三五万円で買い受けたい旨申し込んだこと、これに対し同訴外人は、原告において右の目的が終了した場合には本件建物を買戻すことを条件に右申込みを承諾したこと、ところで、当時本件建物には同訴外人が前記のように訴外住宅金融公庫から借り受けていた金二九万円の残金一四万二、〇五二円の担保として抵当権が設定してあり、これを同公庫に弁済しない限り本件建物を売渡すことができなかったため、原告は前記代金三五万円から右の同公庫に対する残金を支払うこととし、同年五月七日これを弁済したこと、ところが、訴外中小企業金融公庫が原告に対する融資につきその担保を調査したところ、原告の本社工場等の建物をもって十分であり、本件建物等は担保に供する必要がなかったため、本件建物につき原告に対する所有権移転登記さえもなされないまま、原告は同公庫から金五〇〇万円の融資を受けたこと、しかしながら、原告としては、右のように本件建物を訴外中小企業金融公庫に対し担保に供する必要がなくなったものの、右のように本件建物を買い受けたものであり、さらに他に担保に供する必要があるものとして、同年九月二九日訴外笠原利章に対し、代金三五万円のうち、さきに訴外住宅金融公庫に支払った部分を除く残代金を支払い、翌一〇月一日原告に対する所有権移転登記が経由されたこと、同訴外人は、その後も本件建物に居住し続け、その修繕等もしていたが、これは原告において本件建物を社宅として使用し、同訴外人をこれに居住させる約定であったためであり、同訴外人はその後は毎月金八五〇円を家賃として原告に支払っていたこと、かくして原告は名実ともに本件建物の所有権を取得したので、その経理処理においてはもちろん、その他の公租公課の負担の関係等においてもこれを自己の所有として取り扱っており、その後昭和三九年六月二五日、訴外株式会社平和相互銀行との間において債権元本極度額を金五〇〇万円として本件建物等につき根抵当権設定契約を締結し、翌二六日その旨の登記手続をなしたこと、当時においては原告の経営状態が極度に悪化していたことから原告が右の債務を返済しうるかどうかについて不安を感じ、また、当初の約定どおり本件建物が訴外中小企業金融公庫に対する担保に供されず、さらには訴外笠原利章において本件建物を増築する必要も生じたため、同訴外人は原告に対し昭和三九年七月一日、当初の約定に従って本件建物を買い戻したい旨申し込み、原告もこれを承諾したこと、当時における本件建物の原告の帳簿上の価額が金二二万一、八一九円となっていたため、これをもって右買戻し代金とし、同訴外人は同日これを原告に支払い、原告も本件建物を売り渡したとしてその経理上の処理をなし、本件係争事業年度分の確定申告においてもその旨の申告をなしたこと。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

なお、原告は、訴外笠原利章が昭和三四年九月二九日以後も本件建物に居住し、その修繕等をみずからなしており、さらにその以前と同様毎月金八五〇円を原告に支払っていたことをもって、本件建物が売買されたものではない旨主張するが、同訴外人が本件建物に居住していたことは、前認定のように原告が社宅としてこれを同訴外人に使用させしめたものであり、同訴外人が本件建物の修繕等をなしたことは、本件建物が同訴外人の所有でなければなしえないものでなく、社宅の利用関係上かかることを利用者においてなすことが常に否定されるものではないことから、そのことのみをもって本件建物が同訴外人の所有であったとすることはできないものというべく、また、同訴外人が従前同様毎月金八五〇円を原告に支払っていたことも、前認定のように本件建物を原告に売り渡して後はそれが家賃として支払われ、その額がその以前の地代と同額であることも、原告と同訴外人との関係すなわち同訴外人が原告の取締役であったという特殊の関係から必ずしも不合理なものとはいえないものというべきである。したがって、原告の右主張も前認定を左右するに足りないものということができる。

(三)  ところで、一般的に建物が譲渡された場合、特段の事情が存しない限り、その敷地の借地権もこれにともなって譲渡されたものと認めるのが相当であるというべきであるので、本件につき右の特段の事情が存するかどうかについて検討する。

本件建物が訴外笠原利章から原告に売り渡された昭和三四年当時すでに東京都内においては、借地権が独立して相当の価値を有し取引きの対象とされていたことは、当裁判所に顕著なところであり、前認定のところから明らかな、訴外笠原利章と原告間の本件建物の売買においては、専ら本件建物の売買についてのみ関心が払われ、本件借地権についてはなんらの考慮がなされていなかったこと、そうであるから、本件土地上には本件建物のほか訴外笠原利章所有の他の建物の一部が存在していたが、これの取扱いについては同訴外人と原告間においてなんらの約定がなされず、売買代金も本件建物の価格だけで決定され、本件借地権の価格は考慮されなかったこと、また、右売買後において同訴外人が原告に家賃として支払うようになった賃料も、従前地代として支払っていた賃料と同額であること、同訴外人が昭和三九年にいたり増築の必要が生じたとの理由で、原告に対し本件建物の買戻しを求め、これが当初からの約定であったこと等によれば、同訴外人と原告間の本件建物の売買においては、本件建物のみが売買の対象とされ、本件借地権はこれにともなって原告に移転しなかったものと認めるを相当とし、これに反する証人中村紀雄の供述部分はたやすく信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、被告は、本件建物が訴外笠原利章から原告に売り渡された際に、本件借地権の価格が考慮されなかったのは、当初(昭和二五年当時)原告が同訴外人に本件土地を賃貸した際に権利金等が授受されなかったこと等からして当然のことであるかのごとき主張をなすが、しかし、昭和二五年当時は地代家賃統制令により権利金等の授受は禁止されており、仮に現実にはその脱法行為が行なわれていたとしても、昭和三四年当時に比べれば借地権の対価としての権利金は微々たるものであり、昭和三一年の右統制令の改正により本件土地について右令の適用が除外されたのであるから昭和二五年当時権利金授受がなかったことのみをもって前認定を左右することはできないものというべきである。

(四)  以上によれば、本件借地権はもともと訴外笠原利章から原告に移転していないものであるから、昭和三九年七月一日本件建物を同訴外人が原告から買い戻した際に本件借地権が原告から同訴外人に譲渡されたものということはできないので、被告のこの点に関する主張は理由がないものというべきである。

3  されば、昭和三九年七月一日本件建物の譲渡とともに本件借地権が原告から訴外笠原利章に譲渡されたものとしてなされた被告の本件各処分は、この点において誤りがあり、違法たるを免れないものというべきである。

三、以上説示のとおりであるから、本件更正決定処分および源泉徴収所得税の納税告知処分ならびに不納付加算税賦課決定処分(訴外東京国税局長の裁決により取り消された部分を除くこと前記のとおりである。)は、いずれも違法として取り消すべきものであるから、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中平健吉 裁判官 渡辺昭 岩井俊)

〈以下省略〉

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